1979年9月24日(月・祝) 京都→敦賀

1979(昭和54)年の9月24日「秋分の日」は、朝からどんよりと曇っていた。
 この日、京都から米原経由で北陸線の敦賀駅まで鈍行列車の旅を楽しんだ。

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京都駅に入場すると、7番ホームと8番ホームの間にブルートレインが停車していることに気付き、急いで撮影に向かった。
 20系の8両編成が荷物車を挟んでDE10にけん引されていた。どうやら、奈良線へ向かうようだったが、回送列車らしく、お客さんの姿は無かった。

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米原行きに乗り込み、しばし車窓を楽しむ。
 まず最初に、475系の急行「ゆのくに」とすれ違った。同じ大阪と北陸方面を結ぶ優等列車である特急「雷鳥」は湖西線経由だったのに、急行「ゆのくに」は差別化を意図しているのか、時間の掛かる米原経由で運転されていた。

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続いて、折返しで待機していた153系「新快速」の姿。この頃、既に「新快速」用の新型車両として117系が製造中であるという情報はあったが、まだまだ白い車体に青い帯の入った「ブルーライナー」と呼ばれていた153系が「新快速」の主役を張っていた。

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近江八幡駅の入り口には、祝日ということもあって日の丸が掲げられていた。

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米原駅からは、たった2両編成のディーゼルカーのお世話になった。キハ26とキハ58の新旧「急行」用車両という不思議な組み合わせのコンビだった。

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新疋田駅で、列車に追い抜かれるためにしばしの停車。待っていると、対向の急行「くずりゅう」が目の前を通過して行った。

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敦賀に到着する直前に、車窓から敦賀機関区が見えた。そこには、「一つ目」のEF70初期型が何両も体を休めている光景が見えた。

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敦賀駅のホームから、友人から借りていた200ミリ望遠レンズを使って普通列車を撮ってみた。
 やはり、望遠レンズでも200ミリとなると、迫力満点だった。当時、まだ50ミリの標準レンズしか持っていなかったが、その後、お小遣いを貯めて翌年には初めて自分の所有する望遠レンズとして、同じ200ミリを購入したのだった。

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