1989年7月27日(木) 富山県の氷見線

昭和から平成に時代が変わった最初の夏休み、富山県にあるJR氷見線へ行った。なぜ、この時に氷見線へ出掛けたのか、果たして何が目的だったのか、30年近く経った今、なぜか思い出せない。

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京都から新潟行きの夜行急行「きたぐに」の座席車に乗り、JR北陸本線の糸魚川駅で下車。一旦、富山を通り過ぎてから、あえて新潟県の糸魚川で折返しの鈍行列車に乗ったのは、単なる時間潰しだった。
 糸魚川駅に隣接するレンガ造りの車庫には、DE10が待機していた。この風情ある車庫は大正時代に作られたもので、歴史ある建造物として、その価値も高かったと思うのだが、北陸新幹線の開業に伴って新幹線用に駅を作るために邪魔物扱いされてしまい、残念ながら解体されてしまった。今、剥ぎ取られた端面の一部のみが新駅舎に組み込まれて姿を留めている。

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糸魚川から乗車した鈍行列車は、国鉄時代末期に581・583系の特急用寝台電車を改造して生まれた、419系という名の電車だった。車内は、そこかしこに特急時代の名残りが見え、いかにも不格好だったが、一部のマニアックな鉄道ファンにはウケる(?)車両ではあった。

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難所で知られる、親不知辺りの海岸沿いを走っていると、後方から日の出と共に太陽の光が差し込んできた。

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富山で長時間停車だったので、朝食代わりにホームにあった立ち食いそば(うどん)を食べていると、特急「北越」が入線してきた。
 高岡駅で下車し、ようやく氷見線のディーゼルカーに乗り換える。

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ちょうど真向かいに座っていた女の子が、母親?の見送りに手を振って応えていた。

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暑い真夏の日差しだったが、氷見線は海沿いを走ることもあって、全開の窓から吹き込む潮風が心地よく感じられた。

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奥州へ落ちのびる源義経が、雨宿りをしたという伝説にちなむ「雨晴」の駅で下車してみる。

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観光で訪れていた女子大生4人組が、駅員さんから借りた帽子を被り、記念写真を撮っていた。
 ちなみに、帽子を貸したJRの駅員さんが、カメラのシャッターを切っていた。

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単線の氷見線では、まだこの頃はタブレット閉塞による運行を行っていた。
 すれ違いの出来る駅には必ず駅員さんがいて、通行手形であるタブレットを交換する光景が普通に見られた。

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タブレットだけでなく、ここでは腕木式信号機もまだ現役だったが、今となっては、どちらも既に過去のモノになってしまった。

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