1979年1月15日(月・祝) 宮原操車場

「成人の日」と言えば、昭和生まれの自分には1月15日のイメージが強い。
 でも、いつの間にか1月の第2月曜日になった。調べてみたら、2000年からだったので、15日とは限らなくなってから17年以上も経っていた。

1979(昭和54)年の「成人の日」は、前日の14日が日曜日だったので連休だった。この時代は、週休2日なんて夢物語の時代だったため、土曜日は当然のように学校があったので、連休というのは年に数回しかない貴重なものだった。

前の年の秋に市電が全廃され、まだ地下鉄も開業していなかった当時は、京都駅に行くにはバスか自転車しかなかった。
 このとき、まだ小学生だった自分は、お金を少しでも節約したかったので、自転車で京都駅まで行った。今から思うと、寒い冬の朝、夜明け前に、距離にして8km以上ある京都駅まで、小学生1人でよくも行ったものだなあ、と思う。

19790115-1

始発電車に乗るつもりだったが、少し早く着き過ぎた。
 ちょうど京都駅のホームには、寝台特急「あさかぜ」が通過する所だった。この時、父親の一眼レフカメラを借りていたので、レンズは50mm/F1.4だったこともあり、ISO100のカラーフィルムでも、何とか姿が見える程度には写せた。

19790115-2

その後、山崎駅などで下車して、撮影した後、新大阪駅まで移動した。
 乗っていた快速には、珍しいステンレス車体のグリーン車・サロ110-902号車が連結されていた。
 ちなみに、関西地区の快速列車へのグリーン車の連結は、利用者の低迷などから翌1980(昭和55)年秋に廃止されてしまった。

19790115-3

新大阪駅で、大阪行きの寝台特急「日本海」に遭遇した。「日本海」は、前の年の秋に定期運行が2往復になったところで、利用客は多く、新大阪でも数多くの乗客が降りていた。

19790115-4

新大阪駅で下車したのは、宮原操車場を見に行くためだった。
 しかし、どんな所かも分からず、ただ新大阪駅の西側にあるという情報だけだったので、土地勘も無い小学生の自分には、まさに大冒険だった。
 線路沿いに歩いて行くと、主に福知山線の客車列車用に配置されていたDD51が何両も休んでいるスポットがあった。後方には大きな給水塔もあり、かつては大型の蒸気機関車がたむろしていたことを想像させた。

19790115-5

奥の方には、ブルートレインが何本も止まっていた。が、標準レンズしか持ってない上に、小学生で身長も高くなかったので、一段低い道路からは見える場所も限られ、撮影は困難を極めた。
 結局、これといった収穫もないまま、帰る羽目になってしまった。

紙面連載

京都鉄道博物館の学芸員が車両や信号など分かりやすく紹介します。 >>

鉄道関連ニュース

京都新聞の撮り鉄カメラマン“カジやん”が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。