1980年9月28日(日) 東海道線・神足-山崎

京阪神地区の東海道~山陽線と言えば、方向別の複々線になっていることで有名だ。
 同じ方向に走る列車が、まるで競い合うように走る姿が見られるのも、方向別の複々線ならでは、である。

1980(昭和55)年の9月末の日曜日、友人たちと東海道線の神足-山崎間へ撮影に出掛けた。
 山崎駅から歩いて15分ほどの距離にある踏切でカメラを構えた。

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少し前までは、余りにも見慣れすぎて撮る気も起こらなかった113系。今では、京都周辺では湖西線など限られた線区でしか見られなくなったし、かつては見飽きていた緑色とオレンジ色の「湘南色」の塗り分けも、懐かしい存在になりつつある。
 その113系と、これまた今では姿を見ることの出来なくなったキハ28・58の急行列車がすれ違った。

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荷物電車(クモニ83)を先頭に2両も連結して姿を見せたのは、急行「比叡」だか「鷲羽」だったのかが、今となっては分からない。だが、急行「鷲羽」は同じ年の10月ダイヤ改正で姿を消している。

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その中間車には、新快速で使われていた「ブルーライナー」色の車両がかなり混じっていた。当時、新快速には新型の117系が大量に投入され、余剰になった153系は他の急行などに転用されていた。しかし、転用した急行も次々と廃止になっていったので、その転用先での活躍期間は、それほど長くならなかった。

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寝台急行「銀河」は、この年の夏からテールマークが絵入りに変わっていた。独特の丸い車体をした20系の緩急車ナハネフ22は、半室が展望室みたいになっていたが、そこに少年がいて、カメラに向かって手を振っていた。

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デビューして間もない新快速用の117系も、朝のラッシュタイムには快速の運用に入っていた。同じ快速で走る113系とすれ違う。

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今度は外側線を走る快速の117系が、北陸方面へ向かう急行「立山」とすれ違う。基本は6両編成で新快速に使われていた117系も、朝夕のラッシュタイムには、2編成をつなげた12両の堂々とした長編成で快速に運用されていた。

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特急「雷鳥」が貨物列車とすれ違う。最近は昼間に朝夕に貨物列車を見ることが少なくなったが、この頃は一日中、走っていたように思う。

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寝台特急「日本海」がEF81を先頭に姿を現した。

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この時代、関西発着のブルートレインの先頭にはヘッドマークが無かったので、やっぱり後ろ姿も撮っていた。

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ラッシュタイムをすぎると、曇っていた天気が晴れてきた。そこへEF58けん引の急行荷物列車と、ラッシュタイムが終わってから運転が始まった117系の新快速が並んで姿を見せた。もちろん、内側を走る新快速の方が速いので、追い抜いている最中ではあるが、タイミング良く並んで姿を見せたのは幸運といったところか。

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帰り道に乗った普通電車の窓から、向日町運転所の留置線に止まっていたEF58を撮る。たまたま、原形大窓+ツララ切りで人気のあった47号機がいた。

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