2011年7月7日(木)~9日(土) 寝台特急「日本海」、最後の乗車

大阪と青森、函館を結んでいた寝台特急「日本海」は、下り・上り合わせて20回近く利用したことがある。
 乗車率も良く、廃止する必要性は今でも無かったと思っているが、車両の老朽化や北陸新幹線開業で路線の一部が第3セクター化される影響などもあり、姿を消して、もう4年以上もの月日が経ってしまった。

そんな寝台特急「日本海」には、廃止される前年の2011(平成23)年の夏に乗車したのが最後になった。

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その日は、ちょうど七夕の日だった。京都駅0番ホームで待っていると、連なる青い車体を引っ張るローズピンク色のEF81・107号機が「日本海」のヘッドマークを誇らしげに掲げて進入してきた。

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20回近く利用したことのある「日本海」だったが、乗るのは決まって開放式と呼ばれるB寝台車だった。
 この日は空いていて、自分が利用したボックスにある4つの寝台のうち、他の3つは誰も利用者がいなかった。

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一夜明けると、秋田から青森へ向かうところだった。窓の外は、雨が降っていた。

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上段寝台への乗り降りに使うアルミ梯子の横にあるテーブルには、今となっては使う可能性が殆ど無くなった「栓抜き」があった。
 かつて、どんな車両に乗っても付いていたものだったが、昭和50年代から缶が普及したことで、それまでの瓶飲料が駅のホームから姿を消し、それ以降に登場する車両には装備されなくなった。

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東北新幹線と接続する新青森駅で下車。この駅が賑わうようになったのは、前年の2010(平成22)年2月に新幹線が開業してからである。

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青森にて所要を済ませた後、夕刻に青森駅へ。DE10に引っ張られて、帰りに乗る「日本海」がホームに進入してきた。

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行き止まり式の青森駅なので、反対側が先頭になる。そちらに回ってみると、往路にもお世話になったEF81・107号機が先頭にいた。そう、この編成は朝に乗って来たものと全く同じだ。

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ホームには、乗車位置を知らせる札がぶら下がっていた。かつては、夜行列車が数多くあったので、大量に札がぶら下がっていたものだが、この時は「日本海」と「あけぼの」しか見当たらなかった。

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車内に乗り込み、連結面からEF81を見る。ナンバープレートが磨き上げられていて、銀色に輝いていた。

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一夜明けて、福井県の敦賀駅で少し長く停車。なぜなら、ここで機関車の交換があるからだ。
 一昨日からお世話になったローズピンク色のEF81・107が切り離され、今度はトワイライトエクスプレスカラーのEF81・104号機が連結される。その作業を女性の方がやっていて、ちょっと驚かされた。

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やがて、京都駅に到着。最後尾には、貫通路が埋められてしまった電源車カニ24がぶら下がっていた。その青い車体を見送りながら、どこか少し寂しい気持ちになった。思えば、これが「日本海」どころか、ブルートレインに乗る最後の機会になってしまった。

大阪と札幌を結ぶトワイライトエクスプレスも姿を消し、普通に切符を買って乗れる寝台列車は、東京と出雲市を結ぶ「サンライズ出雲」と、東京と高松を結ぶ「サンライズ瀬戸」だけになってしまった。最後に残った2本は、東京と岡山の間で併結しているので、実質的に1本しか残ってないようなものだ。

他にはJR九州、JR西日本、JR東日本で、1回の利用で30万円以上もするような豪華寝台列車が運行されている、されようとしているが、これらは特別な列車であって、例えば帰省や出張、一般的な移動手段として利用するものではない。
 しかし、先日、JR西日本の社長が、一般的な利用も考えられるような、より身近な夜行列車?寝台列車?の運行を考えているという旨の会見があり、鉄道ファンの注目を集めていた。

さて、本当に寝台列車の復活がこの先、あるのだろうか。

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