1989年6月3日(土) 丹波口駅

かつて山陰線の京都口では、電化されるまで客車や貨物列車が活躍していた。
 それらの先頭を引っ張るのはDD51やDE10といった赤いディーゼル機関車だったので、近くを通り掛かった時など、よく「お手軽撮影(=ちょっと駅に立ち寄ってパチリと撮影)」を楽しんだものだった。

中でも京都駅と二条駅の間にある丹波口駅は、島式ホームになっていたので、撮影がしやすかった。
 ただ、当時は単線だったので、同じアングルばかりになるし、景色も大したことが無かったので、機械的に記録写真を撮るためだけ、という感じになった。

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緑色したキハ47系の福知山寄りに急行「丹後」で使われていたキハ58系を併結した普通列車が、この頃にはまだ何本か残っていた。
 たまたま運用の関係でそうなったのだろうが、時々、グリーン車を普通車扱いで連結していたケースもあったことを記憶している。

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この頃、貨物列車と言えば、既にコンテナ車などを連結した一般的なものは姿を消していて、唯一、二条駅と梅小路貨物駅を結ぶタンク車を連ねたものしか残ってなかった。
 この日は貨車2両だけだったが、本来は最後尾に装備していなければならないであろうテールランプや反射板も付けてなかったのは、なぜなのだろうか。

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何と言っても、お目当ては、朝夕を中心に走っていた客車列車だったが、旧型客車は既に姿を消していて、エアコンを装備した12系や50系が最後の活躍を見せていた。
 夏場になると、エンジンのある機関車とエアコンのある客車の屋根上に「陽炎」が見えた。

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夕方になると、傾いた日差しが運転席を照らし、運転士の表情や指差喚呼する様子がよく見えた。

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JR化されてから、各地の駅名標は次第に「JR仕様」に変わっていたが、この頃の丹波口駅は、まだ旧国鉄時代のものが残っていた。

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