1979年11月23日(金・祝) 近鉄・大和八木駅

京都市内の小学校で、6年生が修学旅行で行く場所と言えば、今は平和学習を兼ねて広島へ向かう学校が多いようだが、その前は三重県の伊勢方面が定番コースだった。
 自分も例外ではなく、近鉄京都駅から三重県の賢島行き特急に乗って伊勢へ向かった。

その近鉄には、日本の私鉄では珍しい修学旅行専用の車両があり、その名も「あおぞら」号(=20100系)と呼ばれていた。鉄道写真を撮り始めて間もない頃だったが、全車2階建てという特徴的な車両だった「あおぞら」号のことを知り、自分たちの修学旅行も、もしかしたら、それに乗れるのではと秘かに期待していた。
 しかも、塾で同じだった他校の知り合いが、自分たちが出発する数日前に同じ伊勢方面へ修学旅行へ行った際、その「あおぞら」号に乗ったというので、期待は盛り上がった。

ところが、修学旅行当日になり、京都駅で待っていたのは、通常の特急車両だったので、がっかりしたのを覚えている。
 それならばと期待した帰りも、普通の特急車両だったが、どちらも「スナックカー」と呼ばれた12000&12200系で、運転席の後ろに小さな調理スペースがあったのが特徴だった。当初は、ここで作られた軽食を座席まで運ぶサービスを行っていたようだが、この頃には既に調理サービスは止めていて、車内販売の物置みたいになっていた。

そんな思い出から1年以上が過ぎて、再び近鉄特急に乗って、奈良県の近鉄・大和八木駅まで出掛けた。

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この時、往路で乗ったのは京都線専用の特急車両18200系だった。
 この当時、一眼レフカメラを買ったばかりで、まだ50ミリの標準レンズしか持っておらず、駅で撮るには少し苦しく、ホームの端まで停車している場合は、画面からはみ出してしまった。

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大和八木駅に着くと、すぐにデビューして間もない3代目ビスタカー・30000系が姿を見せた。こちらも2階建てで、当時の近鉄特急を代表する車両だったが、この頃はまだ京都駅には姿を見せていなかった。

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この頃、近鉄特急の主力と言えば、自分が修学旅行の時に乗った「スナックカー」の12000&12200系だった。誇らしげに車体に「Snack Car」のロゴも入っていたが、後年に行われた車体更新時にスナックコーナーの撤去と共にロゴも姿を消してしまった。スナックコーナーの撤去跡は、一転して普通の座席に変わった車両と、引き続き車内販売準備用の車両になったものがあった。

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「スナックカー」と同じぐらい、よく見かけたのが10400&11400系「エースカー(Ace Car)」だった。しかし、どちらかと言えば名古屋や大阪方面で運用されていて、京都線で見ることはあまり無かった。

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そんな特急車両にばかり目がいっていたが、大阪や名古屋と伊勢を結ぶ路線では、急行とかで運用されている一般車両も京都線とは明らかに違っていた。
 車内をのぞきこむと、向い合せに座るクロスシートを装備した車両が走っていた。主に長距離を走る運用で使われていたようだが、京都線を走る一般車両では見かけないものだった。
 ただ、シートのピッチは狭く、大人が向かい合わせに座るには、かなり狭そうに見えた。

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帰りに乗ったのは、主に京都線専用だった18000系だった。だが、見かけは新しい車両に見えても、こちらの車内はリクライニングしないシートだったし、旧型車から流用した古臭い「吊り掛けモーター」だったので、特急らしくない車両ではあった。そのせいか、この写真を撮った数年後には早くも姿を消してしまったようだ。

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注*掲載写真の中には、現在は地形などの変化で撮影することができない場所や、撮影対象そのものが存在しなくなったものも含まれます。必ずしも現状とは一致しませんので、あらかじめご了承ください。