1980年8月18日(月) 上越線・水上-湯檜曽間

1980(昭和55)年の夏休み、生まれて初めて関東方面へ撮影旅行に出掛けた。
 中学生の一人旅だった。往路は大垣発東京行きの夜行鈍行列車を利用したが、東京駅には早朝の午前4時39分の到着で、そのまま京浜東北線で上野駅へ移動した。
 上野駅を発着する特急をひとしきり撮影してから、上越線の普通電車に飛び乗った。

向かった先は新潟県境に近い、群馬県の水上駅だった。
 上越線でも山間にある新潟・群馬県境の区間では、主に貨物列車に補助の機関車「補機」が連結されており、そのための機関区が水上にあった。

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水上駅に到着し、機関区に向かって歩いていると、当時は上野駅からも発着していた特急「いなほ」がすぐ横を通過して行った。

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水上機関区には、補機として配置されていた古いEF16型と、新しいEF64型の姿があり、ちょうどEF16が出庫していくところだった。
 この地域は、日本でも有数の降雪地ということもあって、どの機関車も先頭部を見ると、いかめしいスノープラウ(除雪板)が連結器の下に付いていた。

機関区から、さらに湯檜曽駅に向かって線路を歩くと、利根川に架かる大きな鉄橋があった。今回は、そこが撮影の目的場所だった。

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撮影ポイントには、東京から来たという自分と同年代の3人組が先客としていた。自分は京都からやって来たというと、かなり驚いていたのを覚えている。
 そんな話をしていると、郵便・荷物を運ぶ専用の電車がやって来た。関西では荷物を運ぶ列車と言えば、機関車が荷物車・郵便車を引っ張る形態が普通だったが、こちらでは電車が結構多いという。

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続いて、かつては東海道線で「こだま」や「つばめ」などで活躍していただろう、181系特急電車で編成された特急「とき」が12両の堂々とした編成で姿を現した。
 1982(昭和57)年に予定されていた東北・上越新幹線の開業で姿を消すことが決まっていただけに、その場に居合わせた皆がシャッターを切っていた。

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間もなく、補機のEF16を先頭にしたEF15けん引の貨物列車がやって来た。
 実は、この時、EF16を補機にした貨物列車で撮影が出来たのは、この1回限りだった。他にも通過予定の貨物列車があったのだが、なぜかこの日はどれもこれもが「ウヤ(=運休のこと)」になっていて残念だった。

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