1987年8月11日(火)~12日(水) 徳島線

1987年は、国鉄がJRに変わった年だったが、振り返ってみれば、自分の人生において、最も鉄道写真を撮った一年でもあった。
 ちょうど大学生の頃で、最も自由に行動することができた時代だった。

この年の夏は、岡山へ帰省した後、四国へ立ち寄った。
 既に鉄道ファンに人気の高かったDF50型ディーゼル機関車の姿は無くなっていたが、まだ瀬戸大橋が開通する前だったので、宇高連絡船を利用しての四国行きだった。

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四国のド真ん中とも言える土讃線の箸蔵駅で途中下車。駅前の自販機で飲み物を買ったら「当たり」が出て、もう1本もらえたのをなぜかはっきりと覚えている。
 この駅の手前は、鉄道車両にとっては厳しい斜度の坂。大きなエンジン音を響かせながら、特急「南風」が姿を見せた。

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当時、まだまだ機関車が牽引する客車列車が残っていた。
 エンジンの付いてない客車は、カタンカタンと軽やかな音を響かせながら、大歩危・小歩危の渓谷沿いを走っていた。

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高校野球に出場する池田高校のある阿波池田駅は、四国山地の真ん中にある、ちょっとした大きな駅だった。

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駅前には、甲子園出場を祝う看板も掲げられていた。

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徳島線に乗って、徳島へ向かうが、当時は、まだエアコンの装備の無い車両が多かったせいか、真夏の運転席は猛烈に暑く、乗務員が貫通扉を開け放って運転しているケースを多々見かけた。
 今だったら、大問題になる行為かもしれないが、当時はそういう面でも大らかだったということか。

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次第に日が傾いていく。
 徳島に着いた頃には日が完全に暮れていたが、駅も車内も、ちょうど行われていた「阿波踊り」を楽しもうという浴衣姿の人たちであふれていた。

紙面連載

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